私YO7(管理人)が三國志シリーズでマイナーな扱いをされている鮑信でプレイレポートです。
2000年02月18日
ふふふ、待ちに待った三國志VIIを買ったぞ。
これで鮑信でプレイできるのね。
早速インストールさ♪
ん?、鮑信はどこだ?…何だって、君主じゃ〜かよ。
おお、嬉しい嬉しいぞ。何故かって? 楽にゲーム進められるし。(爆)
能力も高めのようだし。(知力80ぐらい。)
もちろん上級モードで開始です。
189年12月。なんと、武将が2人も。鮑信と誰だろう?と思いクリックすると、于禁じゃないですか。
オオ〜っ、これで戦争が楽になるなあ。
何せ体験版で虞翻1人で戦った時よりは、絶対に楽ですよ。
ということで早速最大兵力まで徴兵、訓練し孔融か陶謙に攻めるか考えた。
熟慮の末、武将は多いが文官の陶謙を攻めることに決定。
理由は、いきなり袁紹とぶつかるより陶謙配下を吸収したほうが都合よさそうだったので。
190年6月、陶謙領下ヒに総兵力(鮑信二万・于禁一万二千)で出陣。
徐州からも援軍が来るものの、混乱を駆使しながら2部隊で全滅成功。
臧覇・張ガイ・糜竺を配下に加えた。
忠誠度が低いのですぐさま、任免コマンド>俸禄で3人の俸禄UPした。
だいたい忠誠度5〜10上昇するので、戦後処理をきちんとするためにも行動力を残しておきましょう。
190年7月、孔融に同盟の使者を派遣するが拒否される。
そして、誰も居ない城陽を奪われてしまった。
ゆるせん、孔融め、と軍備を増強し191年1月に城陽奪取のために出陣。
今回は鮑信・臧覇・于禁の3部隊で。
敵方総大将は王修のようだ。
しかし、太史慈がいるので油断禁物。
だが、私の奇略で城陽奪取成功。王修、武安国を配下に加える事に成功。
戦勝の勢いに乗って、北海に攻め込み、孔融を滅亡させた。
ただし、太史慈を配下に加えられなかったのが悔やまれるとこだが。
だが、ここで人材が充実する出来事が発生した。
袁紹が平原の劉備を滅ぼし、劉備3兄弟が北海へ逃げてきたのだった。
すかさず、登用し丁重に鮑信軍に迎え入れた。
しかも、下ヒにて張紘を登用し軍師に任命した。
その後、袁紹と1年間の同盟締結し、陶謙、劉岱を滅ぼした。
192年1月時点。鮑信軍の勢力
支配都市:五都市(北海・城陽・小沛・下ヒ・濮陽)
総資金:7440 総兵糧:245709 総兵士:173296 総武将:18人
官位:無し 軍師:張紘
2000年2月22日
実に久しぶりに鮑信でプレイすることができた。
今回のターゲットは曹操である。
人材が豊富かつ兵力も強豪なのでかなり慎重に対処しなくてはいけないので、濮陽・小沛に人材・兵力を集中させた。
193年1月
1年間みっちり軍備を整えてから劉備を総大将に出陣。
総兵力12万の大軍である。一方曹操は10万にて陳留にて迎撃する。
だが、開始早々飛んだハプニングが待ちうけていた。
なんと陳宮の虚報により総大将である劉備が濮陽へ退却してしまったのだ。
ああ、相手が曹操だから劉備をぶつけたのに。
なんとか野戦にて曹操を集中攻撃し撃破したものの、さすが絶影を所有しているために取り逃がしてしまった。
攻城戦に突入したが、劉備が退却したことで思わぬ苦戦を強いられるとは思ってもいなかった。
なんと、総大将が不在のため、城攻め用の策はおろか、全体攻撃すらできなかった。
このときに総大将は知力が高く、冷静な奴じゃないと駄目だと実感しました。
我が軍は七万、篭城する曹操軍も七万、篭城戦において攻撃側の兵力が2倍ないと正直つらいものだ。
しょうがないので個人計略の混乱で曹洪の動きを止め、関羽にて典韋を一騎撃ちで下し、曹軍5万六千まで減らす。
だが、篭城側の総攻撃は強く、毎ターン2〜3千の損失がでた。
まずい、このままでは負けてしまう。
だが、ギリギリで陳留の門を壊す事に成功。
曹操・曹洪・李典を配下に加えた。しかし、夏侯一族・典韋・曹仁・陳宮を迎えられなかったのが痛いところ。
朝廷に金1000を献上したら董卓と半年同盟せよとのこと。
即座に受け入れ州牧に就任。
193年5月。めざわりな孔チュウを討つべく鮑信自ら総勢10万の兵を率いて出陣。
あっけなく包囲を達成し篭城戦に突入。
張飛が張昭の策にはまり、小沛へ撤退した。
だが、臧覇が劉岱を一騎撃ちで捕え兵力を4倍ぐらい差をつけることに成功。
あっけなく陥落し、夏侯淵・曹仁・陳宮は幕下に加えた。
193年6月。董卓が寿春へ進撃、守りの薄い下ヒを守るため李典などを派遣。
軍備を整え、董卓と熾烈な争いを繰り広げるか、韓馥を吸収するか悩みつつゲーム終了。
たぶん、狙いは冀州・ギョウの韓馥になるだろう。
193年6月。鮑信軍の勢力
支配都市:七都市(北海・城陽・小沛・下ヒ・濮陽・陳留・ショウ)
総資金:28362 総兵糧:283792 総兵士:351683 総武将:28人
官位:州牧 軍師:張紘 同盟:袁紹(28ヶ月)董卓(4ヶ月)
2000年2月23日
193年8月。ギョウの韓馥を攻めるために陳留から出陣する。
だが、まさか弩兵があんなにやっかいだとは思わなかった。
まずギョウが河川地帯が多いために防御力が無いとこを突かれ、張ガイ・管亥部隊が壊滅。
だが、韓馥を集中攻撃し撃破成功。
典韋・張コウを配下に加え、期限切れがせまる董卓に対する守備固めを行う。
193年11月。董卓との同盟が切れた為に、許昌へ出陣する。
版図が14都市と最大勢力なので油断できない。
許昌太守は鍾ヨウ・参軍が李儒の五万、敵方援軍に皇甫嵩率いる精兵七万と大軍で迎え撃ったようだ。
さすがは、董卓。だが、こちらも負けじとショウからの増援軍六万で対峙した。
敵の援軍を正規軍で各部隊を各個撃破し、増援軍で本拠地を強襲し、許昌を陥落させた。
皇甫嵩・鍾ヨウといった名将を配下に迎える事が出来た。
許昌を盗った事で、董卓軍を分断することに成功。
董卓領である汝南・寿春を目標に軍備を再編成することにした。
194年3月。鮑信自ら汝南を攻めあっけなく勝利。
許劭と張済を配下に加える事が出来たが、郭嘉・荀攸が拒否したのが残念だった。
194年5月。寿春に鍾ヨウ・夏侯淵・曹仁・陳宮で出陣。
寿春に兵糧が無いのであっさり陥落。
夏侯惇と呼廚泉を配下に加えた。
今回に限りだが、孔チュウ・呂布・曹性が配下になるのを拒んだので斬首し憂いを断った。
194年6月。勅命により董卓と10ヶ月の同盟を結び、羽林中郎将に任命された。
この10ヶ月間で袁術を滅ぼし、国力増強に図る予定。
194年6月現在。鮑信軍の勢力
支配都市:11都市(北海・城陽・小沛・下ヒ・濮陽・陳留・ショウ・ギョウ・許昌・汝南・寿春)
総資金:62769 総兵糧:820409 総兵士:563589 総武将数:46人
官位:羽林中郎将 軍師:張紘 同盟:袁紹(15ヶ月)董卓(9ヶ月)
2000年2月28日
久しぶりに遊ぶために立ち上げる。
長かった、この日々が。(感涙)
194年8月、袁術の宛と新野を同時攻略し袁術滅亡。
194年10月、劉表領襄陽へ出陣しなんと篭城される。
だが混乱>一騎撃ちで部隊を減らし勝利する。
194年12月江夏へ出陣し劉表を捕えみごと奪取。
195年3月、分断された劉表領上庸に進撃しなんなく制圧。
蔡瑁が配下に加わる。
195年4月、董卓との同盟が切れたので陳留・許昌合わせて15万の大軍で洛陽を攻める。
一方董卓は総勢13万で迎撃し、壮絶な死闘を繰り広げるが我が軍の勝利に終わった。
王允・士孫瑞らが配下になった。